尾道で撮影した、私の監督映画としては二作目となる短編の現地でのレポを引き続き書きます。

 5月9日(水)は朝早く起きて、<ヒロインが彷徨う坂道>という想定で、尾道の坂の上を、僕自身も迷い歩きながらロケハンの先行体験をいたしました。
 
 かつて、尾道で育ち、尾道で多くの映画を撮った大林宣彦監督は、尾道に来る人は、この地で思う存分迷子になってほしい・・・という意味のことを発言されていました。その気分をわずかでも味わいたくて早起きしたのでした。
 
 坂にへばりついている住宅やお寺をつなぐ道は、いったん上がれば、「寺巡りの道」を横移動できるので、たとえばわが母の故郷・長崎の坂の上で、母の実家と同じ家を探した時ほどの疲労感はありませんでした。

 しかしその道が微妙にうねって、次々と違う景観があらわれるので、実際には迷わなくても、体感としての<ラビリンス感>が得られるのです。しかもその都度下界の見え方も変わります。
 尾道の素晴らしさの一端を見た気になりました。

 寺巡りの道は下界を走る電車の線路と、アーケード商店街と、海沿いの遊歩道とすべて並行しており、横の直線と縦の奥行きが組み合わさっているところが、どこに行っても「抜け」のある涼風感をもたらしているように感じます。
 
  撮影予定になっているフェリーの発着場も、向島まで往復してみました。ロケハンでも行くことになる場所ですが、地元の人と一緒に実感してみたかった。

 朝9時には尾道駅で助監督の山口通平さんが合流し、尾道フィルムコミッションの方とともに、ロケハンをいたしました。シネマ尾道の副支配人さんも同行してくださいました。

 今回ロケハンから撮影まで数日間でやってしまい、しかも私は尾道に一回も行ったことがない・・・というあり得ないスケジュール。

そのため、観光ガイドや大林さんの作品関連の尾道本含め読み込んで、シナリオにあてはめて数か所候補を考え、コミッションの中に事前にお伝えしていました。

  必然として、一度映画に出てきた場所が多くなります。ここは思い切って、全シーン、オマージュではなくパロディ・・・否、「批評」として捉えました。今回は全シーンそこで撮る意味を考え、映画そのものを使って「映画批評」もするつもりの勢いで取り組んでおります。

  とはいえ、さ迷うことが大切な場所でありまたシナリオなのに、そこを外来者があたかも効率よく回ってしまうのがいいことなのか、矛盾を抱えながら回りました。
 
 山口通平氏はさすが既に監督作品もあるプロの演出部さん。ロケ地をめぐりながら想定できるカット割り案を出してくれて、一日回る頃には香盤表のイメージが出来ているという次第。芝居場としてのポイントとなる場所が決まったら、その近くで「さ迷い道」「逃げる道」「たたずむ道」をピックアップし、上手入りなのか下手入りなのか、上に登るのか下に降りるのか、組み合わせていきます。
 
 通平氏はロケ地の責任者、管理者の方へのご挨拶や、当日の役者の着替え場所のお願いなどもスマートで、実に頼りになります。また副支配人さんが同行してくれたおかげで、普通だったらなかなか行き着けない場所も、かゆい所に手が届くように回ることが出来ました。

 東京でのシナリオ通りにいかないところも出てきます。歩きながらセリフを言う場面の後半を、モノレールの中での会話にする案を立ててみたり、フェリーの中の会話を一部映画館に振替えて、シネマ尾道さんで撮れるかどうかお願いしてみたり。

 通平氏は「全部が所謂<名所>だと観光映画のようになってしまう」と意見を言ってくれて、そのことによって、より「この場面はどうしてこの場所なのか」という考えが深まりました。

 途中合流した、今回現地でスタッフをやってくださる高橋薫さんにレンタカーの手配をお願いすることに。東京で撮る想定だったある場面は、尾道で撮れるんじゃないかという話になり、そのために劇用車が必要になったのです。

 一日では終わらないかと思っていたロケハンも夕方には無事終了。
いったん広島に行って、主演女優の深琴さんと合流。通平氏とともに東京でも決めていた衣装の最終チェックを行い、その後はなぜか深琴さんが東京から持ってきた映画のDVD鑑賞会。大林監督の『さびしんぼう』と、山下敦弘監督の『天然コケッコー』を観直して、明日からに備え気炎を上げたのでした。